2026年8月9日「沈みかけて見える」

22それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。23群衆を解散させてから、祈るために独り山に登られた。夕方になっても、ただ一人そこにおられた。24ところが、舟はすでに陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。25夜が明ける頃、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。26弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声を上げた。27イエスはすぐに彼らに声をかけ、「安心しなさい。私だ。恐れることはない」と言われた。28すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、私に命令して、水の上を歩いて御もとに行かせてください。」29イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。30しかし、風を見て怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。31イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。32そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。33舟の中にいた人たちは、「まことに、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。(マタイによる福音書14章22節〜33節)

私たちの日常で気持ちの浮き沈みがあるように、人生の浮き沈みというのもあるでしょう。病が襲ってくれば、沈む気持ちにもなり、それを人生の浮き沈みにつなげて考えるかもしれません。なるべく沈まないでいたい、そう思われるでしょう。でもよくよく考えると、沈みかけた時、実は大事なことを知る時ではないかとも思います。信仰で言うなら、沈みかけた時、主に出会った、そんな恵みを思うのです。

そしてありがたいことに、今日、ペトロが沈みかけてくれたのです。そして主を求めた。そこで主の助けを知った。あそこで、沈みかけたことで、今日のみことばが私たちの人生に重なりました。もしもあのとき、ペトロが確かな足取りで水の上を歩き通してしまったら、どうでしょう。ペトロってスゴイ、だけで終わっていました。今日の私たちもかえって辛くなる。そんな恐れず歩き通すことなんてできませんから。

今日は、沈みかけた自分を再評価したいと思います。

さて、このところの福音書箇所は、「たとえ話」が続き、そして先週あの五千人の給食でした。いずれも小さいものや、わずかなものに注目させます。「からし種」や、わずかな「パン種」。そして、「パン五つと魚二匹」です。そのわずかなものが豊かになることで、神の国をたとえています。

わずかが豊かになったのです。まさにパンを食べたあと、ああ、神の国ってすばらしいなと人々は思ったでしょう。

つまり、このとき群衆は、結果を手に入れたのです。

ですが、不思議なのは、今日の箇所の冒頭です。

イエスさまは「弟子たちを強いて船に乗せ」(二二節)、そして群衆を「解散させ」(同節)たとあります。かなり強引に青草の原の豊かな奇跡の出来事から、人々を引き剥がそうとしています。 

豊かな結果を、まるで忘れろと言わんばかりです。

つまり、結果の豊かさを知ると、それを求め始めるのです。またパンを増やしてくれ、もっと食べさせてくれ、これが人。実際ヨハネ福音書では同じ五千人の給食の箇所で、人々がイエスさまを王にしようとしたと書かれています。イエスさまは、パンを増やすヒーローか。そこにいれば便利なかた、なのか。

だから結果を求めないよう、恵みの結果から引き剥がす。

イエスさまが示される肝心なこととは、むしろわずかなものに隠されているということです。わずかの始まりです。豊かさを教えたいというより、むしろ、今、あなたが手に持っているそのわずかが、大事な始まりで、そのわずかで始まる道のりを、いったいどなたが豊かにしているかということなのです。成長させ膨らませ、発見させ、パンを増やすかたがおられるだろ。そのかたを発見しているだろうか。

そうやって再び、わずかな者たちの旅が始まりました。小さな船、わずかな仲間。そこに逆風です。対抗する手立ても力も持っていません。闇の中で風にあおられ、どうにも立ちゆかない。弟子たちは孤独で不安な時間を過ごすだけでした。

そこに、イエスさまがなんと水の上を歩いて弟子たちに近づいた。水の上を歩くということをどう受け止めたらよいのでしょう。明らかに嘘くさい光景です。なぜイエスさまは水の上を歩くようなことをされたのでしょう。

これはイエスさまが神であることを示していると言われます。湖というのは、悪魔的な力が住んでいるところとされていました。日本でも漁師にとっては、板子一枚下は地獄と言われ、海を恐れるのですが、そこは、人間の力ではいかんともしがたい恐ろしい力が隠れている所でした。あるとき突然強風が吹いて波がくれば、こぎ悩み、最悪は波にのまれてしまう。なんとも理不尽な力に満ちた場所なのです。

その湖を、歩いて近づいてこられることに意味があります。つまり悪魔の力を制して、神が弟子たちを助けようとされていること。この神さまの御心が示されています。

主はあなたを助けるために歩いてこられるということです。水であろうが悪魔であろうが地獄であろうが、かまわず近づくその熱意に満ちた奇跡が今起こっているということ。

ですが弟子たちは恐れた。幽霊だと思った。そして叫んだ。

そこで主はすぐに声をかけられた。

「安心しなさい。私だ。恐れることはない。」(二七節)。

私のことを見失っていないか。ちゃんと私を見なさい。

ペトロはもう一度見たのでしょう。でもまだ疑います。「主よ、あなたでしたら、私に命令して、水の上を歩いて御もとに行かせてください」(二八節)と。

ここがペトロの面白さ。気持ちを率直に表します。

漁師であったペトロにとって板子一枚下が地獄ということはよくよく承知していたと思います。ペトロの経験の中には何人かの先輩や仲間が飲み込まれたというものもあったかもしれません。ましてや水の上を歩くとは、考えてもみないことだったでしょう。 

「来なさい」(二九節)との声でした。あなたにとっての本当の奇跡が起こるから。

そこで、歩き始めた。

水の上を歩く経験ってどんなものなのでしょう。足には、ひたひたと水を感じているのでしょうね。けれど沈まない感覚とはどんなだろう。足の裏を支える力を感じていたのだろうか。

ところが長くは続きません。強い風に怖くなった。途端に沈みかけた。思わず、「主よ、助けてください」(三〇節)と叫んだ。そしてすぐに引き上げられた。

このとき、主イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」(三一節)とおっしゃった。

そして主とペトロが船に乗り込むと、風は静まった。

さて、ここでわずかなものは何かなと考えます。船、弟子たち、その人生。そこに重なる私たちの人生。そして、わずかな信仰。

でも、主は、そのわずかな薄い信仰から始めて良いと言われます。立派に歩き通して主のもとへ行くその立派さはなくてよいと。そのわずかな薄い信仰が言わしめる、「主よ、助けてください」と叫べるなら、よいのです。こう叫ぶ時、私たちは水の上を歩く奇跡を経験する以上に、大事な所に身を置くことになります。つまり全部を主に任せています。私がない。

そして主は、この叫びを聞き逃しません。

私たちも、しいて船に乗せられているようなものではないですか。別に、この人生選び取ったわけではありません。気がつけばこの時代、この場所、この体で生きていたのです。そして強い風に漕ぎ悩みます。しかしそれは、本当の助けを知るためなのです。逆風の中で、私たちは自分の持っているものでは歯が立たない落胆を覚えるのですが、しかし、その段階こそ、嵐のただ中に主の姿が近づいてくださる時なのです。そしておじまどっていた私たちに語り掛ける声が聞こえる。「安心しなさい」(二七節)。「安心しなさい」とは「勇気を出しなさい」という意味です。「勇気を出しなさい。わたしだ。恐れることはない」。

私たちが、みことばに力を得て歩き始めるとします。しかし、わずかな信仰はすぐにも沈みかけてしまいます。それもいい。心底、あなたが、「主よ、助けてください」と叫ぶ時が必要なのです。

イエスという方はこの世の逆風の中で、この世の常識から締め出されるようにして十字架にかかられました。しかし常識を超えるしかたで復活なさったではないか。その力ヘの信頼を見失うなと主はおっしゃる。

世の波風や現象に、すぐに目が行ってしまうわたしたちですが、今も「来なさい」とおっしゃる主のみ声に耳を澄ませなさい。エリアが恐れの中で主を聞いたのは「火の後に、かすかにささやく声があった」(列王上一九章一二節)その声でした。風にも地震にも火にも主はおらず、かすかに聞こえる声に主がおられる。

歩いていれば浮き沈みもやってきます。つまり人生の沈みかけた時、それ、本当に主の助けを求めるあなたになるためです。叫びの真実が次の人生の扉を開きます。手をとってくださった主と共に船に乗り込んだ私たちは、風が静まり、ふたたび、その小さな船のわずかな人生の旅に踏み出せます。

だから、沈みかけることは恵みの時です。思うように行かないことが、思いがけない主の助けと出会わせます。沈みかけたから、主と出会う。自分がゼロだと知る。わずかを感謝し、信じて歩め。わずかを喜び、沈みかけた幸いを知るなら、どれほどたくましく雄々しく人生を生きられるだろうか。主はその人生を望んでおられます。

望みの神が、信仰から来る あらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを 望みにあふれさせてくださるように。 アーメン。

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